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Creator: 坪内琢正
Summary: 珠洲(cf.アイコン外見)「あ、あの、みなさんこんにちは…許可をいただいてこの場をお借りしています…、坪内さんのプロフィール欄で、私のメッセージを添えさせていただいています。そちらも合わせてお読みいただけるとうれしいです」

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第七話 堀川今出川 相国寺・清浄華院と大雨 (無料)
第八話 六条河原町 萬年寺・荘厳寺と鱧

【あらすじ】
 約五百五十年前、人の、自身の心を謗る気持ちを媒体として、京都近郊各地の、神社や寺院が人格化された存在である『神霊』を惑わせる『末鏡』という書物があった。末鏡は『解脱』のない者を狙うと言われているが解脱の意味まではよくわかっていない。惑わされた神霊は、心を謗った人が発する鬼玉という妖気を喰らうことで、現世と幽世の関係を破壊しようとしていた。末鏡は当時の巫女によって封印されたが、その封印には、『伝教見真による末法対策の想定外の世の発生』という不可解な文言による解除の条件があり、現代はそれに当てはまったという。当時封印した巫女の娘、新蘭も亡霊となって現代に蘇り、光筒という霊の力を発することのできる短筒を用いて、再び末鏡を封印しようとするが失敗する。彼女は、偶然助けた珠洲、美濃ら八人の小学四年生の子どもたちが、自分以上に光筒をうまく操れることに気づき、彼らに事情を話し、彼らに、世界修復のために、惑わされた神霊たちの鎮魂と、末鏡の封印を頼む。しかし、神霊たちが神幹を放ったり、各々が得意とする四季の文物などの神能を用いて子どもたちに抵抗してくるため、鎮魂を彼らの力だけで成し遂げるのは難しかった。やがて、鬼玉を発生させている者たちを見て新蘭はあることに気付いた。『自力作善』が『自己PR』に、『本願誇り』が『社会人』と称えられ、代わりに『悪人正機の慙愧』が『コミュ障』、『只管打座』が『オタ芸』と呼ばれ、『過剰補償要求』や『過剰同調要求』の口実に使われ、『真正』ではない自己正当化のための『偽正』、即ち、些かに王院とその京域を擁する日本人の悲嘆が通じず、物理的対処以外に接触の方法のない、武蔵野人特有の過剰同調集団中毒が異常に流行していることに…。
Price: ¥180

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