食堂車の車窓から LEVEL 7
2 months ago
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私が大学3年生の時、10日ほどかけてヨーロッパを旅した。初めての海外旅行だったし、1人旅だったので家族には反対された。特に母は猛反対だった。しかし私は英語の成績は良かったし、祖父直伝の護身術にも自信があった。それより母は私が鉄砲玉のように飛び出して、帰って来ないんじゃないか、と心配していたようだ。
実際現地にいって驚いたのは、学校で習った英語が役に立たないことだった。そもそも英語が通じない国も多い。それでも単語や身振りでなんとかなった。危険なこともなかった。いや、一度だけあった。パリからバルセロナに向かう列車の中でのことだ。珍しい食堂車で昼食をとった。それ自体は素晴らしい体験だったが、財布から現金をすられてしまったのだ。まったく気がつかなかった。普通、人が犯罪を犯す時、ためらいや警戒心などの暗い感情が生まれる。私にはそれがわかる自信があった。慣れないお酒で勘が鈍ったのだろうか。列車を降りて宿に着いてからやっと気がついた。財布そのものではなく現金だけ抜き取るその腕に呆れて感心してしまった。自分はまだまだ未熟だなと思い知った。
旅自体は新鮮で楽しかった。あっという間の10日間だった。でも私は早く日本に帰りたかった。「日本語」を話す人たちに囲まれたかった。そして帰ってどうしても母の作った味噌汁が飲みたくなったのだ。どんなご馳走よりも。どうしても。