おまく 「遠野物語」より LEVEL 5
1 month ago
*/10
*You cannot edit these tags
「ああ、茂吉さん、こんばんは。こんな時間まで野良仕事?お元気ですね」
「おお、久美子さん、パトロールご苦労様じゃな。それにしても、こんな夕暮れにおまえさんに会うと、昔のこと思い出すわ」
「なんですか、それ」
「そうじゃな、あれはワシが小学生の頃じゃから、かれこれ70年は前の話じゃ。何があったかは覚えとらんが、ワシは家を飛び出して冒険に出たくなった」
「家出?」
「まあ、そんなもんじゃ。だがしょせんは子供。夕方になり道に迷って腹も減り、山では野犬の遠吠えも聞こえて、ワシは半べそをかいていた。そんな時、ちょうど今の久美子さんのように若い婦警さんが、ワシを探していたのに出会った」
「良かったですね」
「うむ、ワシは叱られるとも思ったが、実はホッとしていた。そしてその婦警さんに手を引かれて家に帰る時、不思議なものを見た。なんと人が空を飛んでおったのじゃ」
「え、人が?」
「そう、病院の寝巻みたいな格好をした男が、真っ直ぐに山の方に音もなく飛んでいたのじゃ。目の錯覚かと思って、婦警さんのほうを見た。するとじゃ、婦警さんはその男の方を見て敬礼していたのじゃ。
そして『どこか遠くで、あの人は命が尽きようとしているのね。きっと心が故郷に飛んでいるんでしょう』といったのじゃ」
「不思議な話ですね」
「ワシらの地方では昔から、人は死にそうになると肉体から魂が抜け、時も場所も自由に行き来できるという言い伝えがあるんじゃ。ワシも実際に見たのはその時だけじゃが」
「でもそれが私と何か関係あるんですか」
「実をいえば、久美子さんがこの村に赴任してきた時、おまえさんの顔を見て、ワシはあの時の婦警さんを思い出したんじゃ」
「まさか」
「もちろん、ご本人のはずはない。ただ若い婦警さんというだけじゃ。何しろ昔の話でワシもほんの子供じゃった」
「そうですね。でも、もしかすると」
「なんじゃ」
「私がいずれは時を超えて、子供時代の茂吉さんを探しにいくのかもしれませんね」
原案:柳田國男 作:京極夏彦 絵:羽尻利門 「おまく」という絵本からヒントを得て描きました。紹介文がめちゃくちゃ長くなってしまって申し訳ない!規定ギリギリになってしまいました。ここまで読んで下さった方にお礼申し上げます。
1