【BB49-40】天使の囀り
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3年前
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【早苗は、かねがね、人間の恐怖の総量というのは常にほぼ一定なのではないかと考えていた。
かつて、夜になれば大都市も漆黒の闇に包まれた時代には、人々は本気で幽霊を信じ、恐れていた。だが、死後の存在を恐れなくなったとき、恐怖の対象は、現実、そして死そのものへと移る。
人間の想像力が作り出した闇の領域は、昏くはあっても、けっして真空のような『虚無』ではない。それは、人間が真の暗黒に直面するまでの緩衝地帯としての役割を担っていた。それなのに我々は、自らを守ってくれていた優しい闇を駆逐してしまったのだ。
アメリカ精神医学会編の、『精神疾患の分類と診断の手引き』(DSM-Ⅳ)を見ても、死恐怖症に関する記述はいっさいない。要するに、未だに独立した精神障害の範疇とはされずに、単なる鬱病として扱われているのだ。恐怖の対象が不合理なものでなく、誰もが恐れて当然の『死』であることと、それによって明らかな社会的不適合が起こる場合が稀であるからだろう。だが、死恐怖症は、ほかのどんな恐怖症にも増して、深く静かに心を蝕む。やがてそれは、人類の社会を根本から掘り崩していく可能性すらあるのではないか。】